新沖縄観光歴史ガイド・ブック 不思議・沖縄

アーマンチュ=天津(神)=弥生人=徐福

沖縄の開闢神の名は「アーマンチュ(阿摩美久)とシルンチュ(志仁礼久)」と云う。
このアマとは向こうと言う意味であり、チュとは人のことである。
つまり、沖縄開闢神のアーマンチュは向こうの人と言う意味で、今で言う外国人のことであり、新たに渡来してきた弥生人のことであり、このアーマンチュこそが記紀に登場する天津(アマツ)神であり、プレ天孫徐福達のことになると思われるのである。

アーマンチュ伝来地は浜比嘉島など沖縄のあちらこちらにあるが、一番有名なのは世界遺産に指定された斎場御嶽(セーファウタキ)である。

斎場御嶽 寄満(ユインチ)
斎場御嶽・三庫理(サンゴーリ)と大庫理の反対側にあたる岩山にある寄満(ユインチ)

そういえば徐福は斉の人である。斎場御嶽の斎と斉は同意語である。
斎と言う文字は「文の下にある、両方から隠された示し」と言う意味(形)であり、示しそれはご存知の如く神と言う意味であり、斎とは「隠された・神の文を・掲げる」と言う意味になるのである。

斎場御嶽の大庫理(うふごーり)寄満(ゆいんち)三庫理(さんごーり)という神域は首里城にある部屋と同じ名前であるが、その用途は未だ知られてない。
英語でタカラ貝のことをカーリーと言う。庫理とはこのタカラ貝を入れる倉庫であり、カリユシのカリであり、古宇利 (コーリ) 島など、タカラ貝の採取地については後で触れる。
三庫理は恐らく三つの小さなタカラ貝(キイロタカラ・ハナビラタカラ・ハナマルユキ)由来の名称であり、大庫理は(ホシダカラ・ヤクシマタカラ・ハラダカラ)などの比較的大きなタカラ貝由来の名称であろう。寄満 (ユインチ)はタカラが「満ちたので寄れ」と言う意味であり、寄満の傍に旗を立てれば沖の船にそのことを示せることが出来るのである。
話をアーマンチュに戻す。資料では阿摩美久は女で、志仁礼久は男であると掲げているもがあるが、定かではない。阿摩美久を女性と解釈した資料は漢字に直された阿摩美久の美「久」を「津(人)」ではなく「美久(巫女)」と二つ合わせて解釈し女であるとしたのであろう。
シルンチュと言う方言はそのままでは「(色の)白い人」と言う意味になる。


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