新沖縄観光歴史ガイド・ブック 不思議・沖縄

真言陀羅尼はアラム語

真言陀羅尼はイエスが用いたアラム語である。韻を表記できるローマ字で陀羅尼と云う音を綴るとDARANIとなる。このDARANIから最初のDを取り除くと、ARANI(アラニ)でアラム語とアラ似ていると言うことになるのである。
アラム語とアラ似ている真言・陀羅尼を二つだけ記しておこう
法華経に阿梨・那梨・菟那梨・阿那盧・那覆・拘那覆と言う真言がある。
これはエリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、どうしてわたしを見捨てるのですか)と言うアラム語の韻を含めた漢訳であり、
阿は丘のことを可(受け入れる)。梨はキリストの木利
那はあれーあのーと言いよどむで、梨はキリストの木利
菟の下の免はみのがす・まぬかれるで………
綴ると「丘の十字架の上でいいよどむ、見逃して欲しいと言いよどむイエスのこと」であり、イエスは十字架の上でそう述べたのが、神(愛)はイエスを見捨てるようなことはしない。
神(愛)はイエスをそのまま十字架につけたりはしない。彼はわたし達のために死んだが、世々に生きているのであり、その命は永遠なのである。
阿三磨三履とは「丘で受け入れたことを、三回、二つの木をすり減らす行為を、三回、足で踏む行為を繰り返す」と言う意味であり、イエスが言った「まことにわたしは言う、今晩、にわとりが鳴く前に、あなたは三度わたしをいなむだろう」と言う意味なのである。

彼を殺すか彼を生かすか、そうそれは個人個人である、私たちにかかっているのである。
彼を活かせば、わたしたちの命が永遠なのを知ることができるのである。

次は記紀の編纂を命じた天武天皇と日本の神々の正体についてふれる。


ホームへ

このページはリンクフリーです。ご自由にリンクしてくださってかまいません。
Copyright (C) 2004 Atsushi Arakaki All Rights Reserved.